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石鹸の歴史

しほです。神戸で手作り石鹸の製作やワークショップをしています。

雨続きでちょっと退屈。寝転んで何となく「石鹸の歴史」を検索してみたよ。

幾つかのウェブサイトを見てみたところ、こんな記述がたくさんありました。
「紀元前3000-2500年の古代ローマ、サポーの丘で石鹸が発見された」

世界史はすっかり忘れてしまったけれど、古代ローマってそんなに昔にあったっけ?

もしや単なる言葉の問題で、「まだ古代ローマの時代ではないけれど、場所でいうとイタリアのローマあたりだよ」という意味なのかな。

随分昔にも調べたことがあったけれど、同じような記述が多かった記憶。でもあまり深くつっこまずに「メソポタミア時代ちゃうんかい?」くらいで流していました。

石鹸を作っている身としては、きちんと歴史も知っておきたい。 でも雨だし。本屋さんに行くのは今日は億劫。もう少し寝ころんだままで調べてみよう。

「石鹸 歴史」で検索すると、まず石鹸百科さんのウェブサイトが出てきました。

人類初の石鹸は、紀元前3000年頃にできたと言われています。古代ローマ時代の初めごろ、サポー(Sapo)という丘の神殿で羊を焼いて神に供える風習がありました。この羊を火であぶっているとき、したたり落ちた脂肪が木の灰に混ざって石鹸のようなものができたのです。その石鹸がしみ込んだ土は汚れを落とす不思議な土として珍重されました。石鹸は油脂をアルカリ剤で煮るとできるのですが、この場合は熱々の木灰が脂を煮るアルカリ剤の役目を果たしたわけです。英語で石鹸を意味するソープ(soap)は、この丘の名前から取ったといわれています。サポーの神殿で石鹸が偶然できていた紀元前3000年代、メソポタミア(現在のイラク)でも石鹸が作られていました。シュメール人が羊毛の洗浄と石鹸の製法について粘土板にくさび形文字で記しています。作り方は木灰にいろいろな油を混ぜて煮たというもので、塗り薬や織布の漂白洗浄に使われていたそうです。

https://www.live-science.com/honkan/soap/soaphistory01.html  (石鹸百科のページが新しく開きます)

(勝手に引用してスミマセン)

ううむ、紀元前3000年頃はメソポタミア文明の頃に当たるはずです。ちょこっと調べてみるとローマが興ったのは紀元前750年前後(伝説上だけど)となっています。そう、まだ古代ローマなるものは存在しない…はず…

次にWikipedia「石鹸」も見てみよう。

石鹸の歴史は紀元前3000年代に始まるといわれている。古代から水だけで落ちにくい汚れに対し、粘土や灰汁、植物の油や種子などが利用されていたが、やがて動物の肉を焼くときに滴り落ちた脂肪と薪の灰の混合物に雨が降り、アルカリによる油脂の鹸化が自然発生して石鹸が発見されたと考えられている。石鹸の「鹸」は「灰汁」や「塩基(アルカリ)」を意味する字であり(鹸性=塩基性、アルカリ性)、石鹸を平たく解釈すれば「固形塩基」「固形アルカリ」となる。伝説では神への供物として羊を焼いたときの脂と灰で石鹸らしきものが誕生したとされ、それが古代ローマの「サポーの丘」での出来事でありsoapの語源になったとされている。一方、シュメール粘土板に薬用石鹸の記述がみられる。中東では現在でも石鹸が地場産業となっている地域(ナーブルスやアレッポなど)がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E9%B9%B8 (wikipedia- 石鹸のページが新しく開きます)

この書き方だと紀元前3000年代の出来事とサポーの丘の出来事が同時代なのか同時代でないのか、ちょっと読み取りにくいけれど、おそらく紀元前3000年代の古代ローマの出来事、という意味なのかな。違っていたらごめんなさい。だいたい石鹸百科さんと大体同じ内容でした。はてさて。

続いて、日本石鹸洗剤工業会のページ。石鹸や洗剤のメーカーさんが会員となっている業界団体です。さすがに内容はしっかりしてそう! さあ、どうだ!

紀元前に“石けんの起源” ~ “不思議な土”の発見について。古代、人は水洗いや灰汁・植物で洗濯をしていましたが、紀元前3000年代のシュメール(現在のイラク)の記録粘土板に、すでに薬用としての石けんが登場しており、塗り薬や織布の漂白洗浄に使われていたようです。羊を焼いて神に供える習慣のあったサポーの丘では、したたり落ちた羊の脂と灰が雨に流され、それが川に堆積した土の中に、自然に石けんらしきものができたと言われています。この“不思議な土”は、汚れをよく落とし、洗濯ものが白く仕上がるとして珍重されました。石けん=ソープ(Soap)の語源は、この“サポーの丘”に由来しているといわれています。宗教的儀式が思いがけずもたらした発見です。

https://jsda.org/w/03_shiki/2kurashi_21.htm  (日本石鹸洗剤工業会のページが新しく開きます)

お!ここでは古代ローマではなく、「シュメール」との記述が出てきました!きっとこれは正しい…気がする…。(世界史の教科書を買い直したくなってきました。) ただ、この書き方だとサポーの丘での出来事が同時代・同一地(紀元前3000年のシュメール)に起きたことかのように読み取れてしまいそうですが、そこははっきり書かれていません。

ともかく、他にもたくさん検索してみました。目が疲れました。

やはり、だいたいのウェブサイトで「紀元前3000-2500年の古代ローマ、サポーの丘で偶然発見された」という書き方がされています。先に述べたように、 「まだ古代ローマの時代ではないけれど、場所でいうとイタリアのローマあたりだよ」 という意味で書かれているケースがあるかもしれないけれど、たぶん、たぶん…うっかり間違いがコピーアンドペーストされてしまっている…というのが妥当な気がしてきました。

時代の記述が間違っているなんて、ぱっとみて気づきませんもんね。(ここまで書いて私の方が間違っていたら本当に恥ずかしい…)

「サポーの丘が石鹸(soap)の語源」だなんて、とてもキャッチーで分かりやすいお話です。ついつい詳しく根拠を調べる事なしに引用してしまいそうです。

さて、石鹸の歴史に関して 、色んなウェブサイトで、時代の記述が間違っている可能性がある、ということは分かりました。

で、石鹸の実際の歴史はどうなのか。サポーの丘なるものは本当にあるの?そもそもローマあたりに今もある丘の名前なの?本当に分かっている歴史的事実はどこまでなの?ただウェブサイトに載っているからといって簡単に信じるのはリスキーな気がしてきました。やはり、きっちり調べてみないと分かりません。

そもそも、お風呂やお洗濯などの文化がどう始まって、どう変わってきたか、本質の部分がとっても気になります。

これ、とても大昔の話です。これくらい昔の話だと、一部は単なる空想話、伝説ということも大いにあり得ます。どこまでが事実なのか、気が向いたらもうちょっと調べてみます。続く。

手作り石鹸しほ

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